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序曲「メリアの平原にて」

Sulla Piana della Melia, Ouverture per Estudiantina (1908)
ジュゼッペ・マネンテ 作曲/中野二郎 整曲
Giuseppe Manente  (1867.2.2 Sannio〜1941.5.17 Roma)

 作者は斯界では知らぬ者はいないイタリアの作曲家。軍楽隊長についていたことなどを背景にし、作品は主に吹奏楽のために書かれている。マンドリン合奏のためにも多くの作品を残しており、その中にはIl Plettro誌の第1回作曲コンクールで銅杯を受賞した幻想曲「秋の夕暮れ」やシヴォリ音楽院の作曲コンクールで第2位を受賞した4楽章の交響曲「マンドリン芸術」などの重要な作品が含まれる。マネンテの作曲において演奏媒体は二義的なものであったようで、最初に吹奏楽で作曲され後にマンドリン合奏に編曲された序曲「小英雄」(Il Plettroの第4回作曲コンクールで第2位を受賞している)や、その反対にマンドリン合奏のために作曲されて吹奏楽に編曲された本曲が存在するなど、作曲者自身による作品の編曲が多く存在する。現在の本邦においては、故中野二郎氏による吹奏楽からマンドリン合奏への編曲作品が親しまれており、マネンテと言ってそれらの作品を思い浮かべる方も多いのではないだろうか。
 マネンテの作風は当時のマンドリン音楽において2つの点でユニークであったと言える。一つは、従来旋律美に主眼が置かれていたマンドリン音楽に、器楽的な楽想を積極的に導入した点である。外面的にはシンコペーションの多用や頻繁な転調、硬質な非和声音の使用などに現れるそれは、マンドリン音楽の近代化、普遍化の過程において重要な役割を果たしたと言える。もう一つは楽器の使用法である。マネンテのマンドリン合奏のための作品ではマンドリンに重音が多用されるなど、特徴的な楽器の使用がなされることが多い。これはむしろマネンテにとってマンドリンという楽器がそれほど身近なものでなかったことが、かえって既成概念にとらわれない自由な発想につながったと考えることができよう。マンドリン合奏のオーケストレーションは無骨と言ってよいほど素朴なものであるが、そこには独特の魅力が存在している。
 本曲は1908年に行われたIl Plettroの第2回作曲コンクールに提出され、上位佳作に選ばれたものである。上述のように本曲は後に吹奏楽に編曲され、出版された。本日演奏に用いる譜面は、Il Plettro版に吹奏楽版での変更点を反映させた中野二郎氏による整曲版である。吹奏楽版は30パートを超える大編成に書かれてはいるが対旋律の追加などは比較的少ない。外面的には吹奏楽版はIl Plettro版に比べ調性がハ短調に移されている他、曲の最後Vivaceの小節が一部削除されているなどの違いがある。また、楽譜中の指示が細かくなっており、音の誤りが訂正されている部分も多い。中野二郎整曲版では調性以外の明示的な変更点(明らかに楽器の違いに依存するものを除く)のほぼ全てを反映させているようである。オーケストレーション面での変更点は第1エピソード中のギターの扱いに多く現れているが、ギターの使用法としてはマネンテのそれというよりは中野氏のものに近く、単に整曲の範囲に収まっているかどうかについては議論が必要である。なお、原曲はマネンテの他の主要作品と同様にマンドリン2部、マンドラ、ギター、マンドロンチェロの5部合奏の編成で書かれているが、中野二郎整曲版ではそれに低音楽器が追加されている。これは現在の本邦の合奏団の編成を考慮すれば必要なことであるが、中野二郎整曲版では低音楽器としてマンドローネおよびキタローネ(同名の古楽器ではなくギター属の低音楽器)を用いていることにも注意が必要である。低音楽器としてキタローネを用いているのは中野氏がマンドリン合奏に擦弦楽器の音が入ることを嫌ったためだと考えられるが、本日は残念ながら当該楽器の調達が叶わず、コントラバスを編成に加えて演奏する。また、中野二郎整曲版では奏者の数が多い場合の限定で打楽器が書き加えられている。
 本曲の楽式は、A(主題)-B(第1エピソード)-A'-C(第2エピソード)-A''-B'-A'''-B''-A''''という自由なロンド形式による。ニ音のユニゾンに始まる主題はマネンテらしい器楽的なもので、再現の度に起こる変容の様子に作者の魅力が表れている。第1エピソードは主題と同じくAllegroであって、合計3度演奏され、最初はマンドリンによる主旋律、2度目はマンドラおよびマンドロンチェロによる対旋律で奏され、最後には両者が重ねられて奏される。旋律とその対旋律を別々に提示した上で重ねるという手法はマネンテが好んで用いたもので、他の楽曲にもしばしば見られる特徴である。第1エピソードの調性は、最初に同主調で提示されたものが主調の短2度下および下属調で再現されるものであるが、このような調性設定は古典のそれに逆行するもので、作者のオリジナリティが表れていると言えよう。第2エピソードはAndante Sostenuto、柔らかなシンコペーションを用いたespressivoなもので、類まれな美しさは作者のメロディメーカーとしての一面を示している。大正昭和の時代から、しばしば演奏会のトリを飾ってきた本曲だが、昨今では過去の演奏の模倣や記憶の再現のような演奏が蔓延しており、本作が初めて日本に渡来した時の驚きと感激は如何ばかりであったかに思いをいたし、ひとつひとつの音を真摯に解釈して演奏に取り組みたい。

参考文献:中野二郎「いる・ぷれっとろ」(イタリアマンドリン百曲選第3集)、同志社大学マンドリンクラブ第132回定期演奏会パンフレット付録資料「アレッサンドロ・ヴィッツアーリとイル・プレットロ誌の作曲コンクールについて」

第35回定期演奏会より/解説:Yon