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優しき歌 (1976)

川島 博
Hiroshi Kawashima (1933.3.22 Ashikaga - )

 作者は1933年栃木県足利市に生まれ、東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。桐朋音楽大学オーケストラ研究生指揮科修了。作曲を長谷川良夫氏に師事。愛知教育大学教授、名古屋音楽大学教授を歴任。現在、愛知教育大学名誉教授、日本教育音楽協会愛知県支部長、東海北陸理事。作品にオペラ「琵琶白菊物語」、立原道造の詩による混声合唱曲集1「いつまでもいつまでも」、同2「優しき歌」(音楽の友社出版)、オーケストラと混声合唱による「土に生まれて」、女声合唱曲「いろはうた」、ピアノ協奏曲、ピアノとオーケストラのための「里神楽」、その他合唱曲、歌曲、校歌等多数。平成5年度栃木県足利市市民文化賞受賞、「栃木県県民の歌」作曲第1位入選。平成15年度愛知県芸術文化選奨文化賞受賞。現在は、地元合唱団の指導指揮、NHK全国学校音楽コンクール(愛知県、東海北陸ブロック)の審査員等、合唱を中心に活躍している。
 愛知教育大学ギターマンドリンクラブの顧問であった1970年代初頭より、当時のクラブの委嘱により、多数のマンドリン合奏作品を発表し、当団で作品を取り上げている帰山氏や熊谷氏とともに、邦人マンドリン楽界の旗手として大きな足跡を残した。

 氏のマンドリン合奏曲は民謡等から題材をとった民族的なものとそうでないものの2つに大きく分けることができる。特にマンドリン合奏のための初期の作品には北設楽民謡「せしょ」や里神楽など、民族的な題材の曲が多かったが、1976年に作曲された本曲は直接的な民族的音楽からは離れたものとなっている。 ただしもちろん作者の音楽の根底をなす民族性は全く姿を消すわけではなく、特に中間部の旋律などはそれに根ざしたものであろう。

 本曲の「優しき歌」という標題は立原道造の詩からイメージを受けたものである。作者には前述のように立原道造の詩による合唱作品が多くある。本曲の『歌』は直接には詩によらないが、そのイメージを元に作曲されているという。立原道造の「優しき歌」は本人の死後に詩集として出版されたもので、その際の編纂によって2つが存在し、現在はそれぞれIおよびIIとされている。川島氏の合唱作品はIIの詩によっている。優しき歌IIより序の歌を引用すると、次のようである。

― 序の歌 ―

しづかな歌よ ゆるやかに
おまへは どこから 来て
どこへ 私を過ぎて
消えて 行く?
夕映が一日を終らせよう
と するときに――
星が 力なく 空にみち
かすかに囁きはじめるときに
そして 高まつて むせび泣く
絃(げん)のやうに おまへ 優しい歌よ
私のうちの どこに 住む?
それをどうして おまへのうちに
私は かへさう 夜ふかく
明るい闇の みちるときに?

 曲は序奏に始まり、「歌」からなる主題、躍動的な中間部、そして再現部からなる。
 主題を暗示するような序奏は、ゆるやかに近づくようにマンドリンのユニゾンのうちにヘ長調にて開始するがすぐに転調し、最終的にはホ短調に落ち着いて主題となる。主題は複数の歌からなり、a-b-a'-cの順に奏される。いずれも順次進行を多く使い、弱拍に始まる女性的な歌である。短調を基調として書かれているが、教会旋法のひとつであるドリア旋法的な音使いが各所に見られ(特にcの部分では旋律にドリア旋法が現れる)、それが響きを柔らかなものにしている。
 歌がひとしきり奏された後、コントラバスの叫ぶようなクレッシェンドで中間部が開始される。中間部は5拍子を基本とし、躍動感をもって歌と対比される部分である。しかしここでも順次進行が多いことや、歌の主題のモチーフが随所に使用されることなどで、全体的な統一感が図られている。躍動を繰り返した後、うねるようなスケールの上下が最高点に達し、最強音の中でユニゾンに収束する。
 再現部では簡略化された序奏の後で、再び主題が、ただしヘ短調で再現される。ホ短調で提示された主題が短2度上のヘ短調で再現されるのは一種の発展的調性であって、中間部を経た後の成長を示すものであろう。しかしここで単に2度上の調というだけでなく、それによって得られるサウンドが大きく変化することが肝となる。ホ短調の開放的な響きに対して、ヘ短調はより内省的で温かみのある調である。つまりここでは成長によってより一層の優しさを得ることが示唆されている。
 一通りの再現の後、短調であった主題は徐々に塗り替えられるように明るい響きを獲得していく。そしてドリアの響きがミクソリディアとなって(この旋律はドリアとミクソリディアの共通音で作られ、同じ音程でありながらハーモニーによって響きを変える)、最後にはヘ長調の和音に溶け込むように消えて行く。

参考文献:風待鳥のホームページ・川島博マンドリン合奏作品解説、 立原道造全集(筑摩書房)、新訂音楽家人名事典(日外アソシエーツ)
詩引用元:青空文庫

第36回定期演奏会より/解説:Kiyota