主題と変奏
作者はパドヴァの南方のボッタローネに生まれ、ミラノの音楽学校で研鑽を積んだ後、所々の音楽コンクール等で入賞し、
その作品は数多くが残されている。奏者としての専攻はヴァイオリンであり、主たる作品は管弦楽にあると思われる。
管弦楽のための作品としては当団でも第27回定期演奏会で中野二郎氏による編曲を演奏した「第一序曲」の他、近年「森の組曲」
「イ調のシンフォニエッタ」などがマンドリン合奏に編曲され紹介されている(いずれも桐山秀樹氏編曲、奈良マンドリンギター合奏団にて編曲初演)。
マンドリン音楽のためにも多数の作品がある。マンドリン合奏のための作品の特徴としては、作品に古典的な楽式を用いたことが挙げられる。
古典派という時代を経験しなかったマンドリン合奏では古典楽式のレパートリーが絶対的に少なく、その領域におけるミラネージの貢献は
大きいと言えよう。古典的な楽式と近代的な楽想による作風という点でS. ファルボと比較されることも多いが、楽器の使い方に妥協が無い
ことがミラネージの特徴とも見られる。マンドリン合奏のための作品としては本曲のほか、1940年にシエナで行われた作曲コンクール
(岡村光玉氏のAlberto Bocci氏訪問に依る調査で伝えられているファシストの国家機関Opera Nazionale Dopolavoro主催のコンクール)で
第4位を受賞した序曲「愉快な仲間」、1921年のイル・プレットロの作曲コンクール第3部門カテゴリーAで第2位を受賞した「郷愁の歌」などがある。
またマンドリン室内楽作品として1921年のイル・プレットロの作曲コンクール第1部門で佳作を受賞した「ト調の四重奏曲」と1923年のコンクールで
第1位を受賞した四重奏曲「春に寄す」があり、いずれも演奏機会は少ないもののプレクトラム四重奏レパートリーの至宝的存在となっている。
無伴奏マンドリン独奏曲にも重要な貢献があり、1921年のイル・プレットロの作曲コンクール第3部門カテゴリーDで第1位を受賞した
「サラバンドとフーガ」は、作品の重要性と演奏難度の高さの両面でつとに有名である(近年石村隆行氏により「サラバンドとフーガ」を含む
ミラネージの無伴奏独奏曲を多数含む意欲的なCDが製作、発売されているので是非御一聴いただきたい)。
本曲は自作の主題と4つの変奏からなる変奏曲。第3変奏で平行短調になるほかは主題に旋律線上の変化は少なく、
変奏の要は対位法的な修飾にある。したがい曲の内容としても対位法が重要な役割を果たしており、機能和声的でない進行が随所に見られる。
ミラネージのマンドリン合奏曲の中でも最もストイックな精神性の高さを示しており、代表作と言える。
作者はSirlen Della Lancaの筆名で多くの作品を発表したが、本曲は本名で発表された唯一のマンドリン合奏曲である。
■主題(TEMA)、Andante Cantabile 4/4ト長調
主題はa-b-b’という楽節で構成され、aが4小節、bおよびb’がそれぞれ6小節の合計16小節からなる。
マンドリンからマンドロンチェロまでの4パートが無伴奏でユニゾンを奏するところから始まる。
この大胆なユニゾンは非常に印象的であり、同時に主題の性質が旋律的であって和声的でないことの表れでもある。b’からはバスが加わる。
■第1変奏(1a. VARIAZIONE)、Allegretto 3/8ト長調
構成はa-b-b’-a-b-b’と主題2回分からなり、前半は高音、後半は低音に主題が現れる。bおよびb’では旋律線に一部変更があるが、
この変奏以降はその形が基本となる。軽快でスケルツァンドな楽想で、後半はマンドリンの三連符による対旋律に彩られて一層華やかさを増す。
■第2変奏(2a. VARIAZIONE)、Andantino in sei 6/8ト長調
構成は第1変奏と同じく主題2回分からなる。6つ振りの6拍子による柔らかな楽想。後半は特に自由な対位句が複数からみあい美しい。
■第3変奏(3a. VARIAZIONE)、Allegro con disinvoltura 2/4ホ短調
構成はa’-a-b-b’という変則的な形からなり、楽節の小節数も主題とは異なる。主題はマンドラに現れるが、
ここではむしろ対旋律が楽想の中心をなしており、冒頭のa’の部分では主題は現れない。調が短調となることも相俟って緊張感が高いが、
煽り立てるようなダイナミクスとcon disinvoltura(臆さないで)という表情指示に表れるように疾走感のある変奏となっている。
■最終変奏(CHIUSA DELLE VARIAZIONI)、Piuttosto Lento-meno mosso 4/4ト長調
構成はa-b-cで、楽節の小節数は主題と異なる。ギターの柔らかいオスティナート風の伴奏に乗せてエスプレシーヴォに主題が歌われる。
最後には主題に依らない結尾句がつけられており、マンドロンチェロのアルペジオで静かに曲を終える。
なお、本曲はもともとマンドラテノーレ(マンドリンのオクターブ下の調弦)をパートとして用いず、マンドラコントラルト
(マンドリンの5度下、ヴィオラと同じ調弦)を用いている。現在マンドラコントラルトがマンドリン合奏に用いられることは少なく、
おそらくは作曲当時もそれほど事情は異ならなかったと考えられる。このため総譜ではマンドラコントラルトの不足の際にはそれを
第3マンドリンとマンドラテノーレに分割して演奏できるように指定がされている。
本日の演奏では少数ではあるがマンドラコントラルトを編成に加え、曲のもつサウンドを作者の意図に近づけたいと考えている。
参考文献:
同志社大学マンドリンクラブ第132回定期演奏会パンフレット付録資料
「アレッサンドロ・ヴィッツアーリとイル・プレットロ誌の作曲コンクールについて」
マンドリン事典(南谷博一著)
マンドリンに未来はあるか(岡村光玉氏寄稿フレット第88号)