Antarctica~for Piano and Mandolin Orchestra
作者は1979年大阪生まれで、高校時代のバンド活動を経て、大
学入学時より龍谷大学マンドリンオーケストラに在籍、マンドラ首席奏
者としてマルチェロの協奏曲を演奏。作曲活動は高校時代から開始、大
学時代にはマンドリン合奏曲「夢」が初演された。その後、ARSNOVA
Mandolin Orchestra解散公演で演奏された「ARSNOVA組曲」(末
廣健児氏との共作)や、東北大学マンドリン楽部委嘱の「杜の鼓動」を
始めとして複数の合奏団からの委嘱を受けて精力的に作曲活動を行って
きた。2006年、「光彩」にて第2回大阪国際マンドリンコンクー
ルアンサンブル部門第3位受賞。室内楽の分野でも活躍しており、
2004年、2007年および2009年に自作品の個展を行った他、
現在は堀雅貴氏とのデュオ「PLANET SPIRITA」で関東を中心に演
奏活動を行っている。
本曲はマンドリンオーケストラコンコルディアより作曲を委嘱し、本
日が初演となる。ピアノとマンドリンオーケストラのアンサンブル作品
であるが、協奏曲という体裁には捉われずマンドリンオーケストラとピ
アノの組み合わせによるサウンドを自由に生かした作品となっており、
ゲネラルパウゼによって分けられた楽章ではない3つの章からな
る。Antarcticaとは南極のことであり、3つの章にもそれ
ぞれ、I 「-89.2℃」、II 「極夜」、III
「オーロラ」という南極にちなんだ表題がつけられている。
「-89.2℃」は1983年7月21日にボストーク基
地にて観測された地球上の最低気温であり、「極夜」は冬季に極圏で見
られる1日中太陽が昇らない現象、「オーロラ」は(よく知
られたように)極域近辺に見られる大気の発光現象である。
以下は作曲者による本曲に寄せるコメントである。
『本曲はG.P.で区切られる3章の曲で、楽章として分けな
かったのは曲中で緊張感を保持する為です。
Iは、超低温、無機質な雰囲気を持っています。「あり得ない低温」で
はなく、自然現象として起こり得るという事を少し意識して、単なる
「無機質」にならないようにしてみました。
IIは、いつまでも夜が続き、そこで起こる色々な自然現象を曲想としま
した。
IIIは、その自然現象の中でも最も有名なオーロラ。美しく壮大にたな
びく様子を表現したいと思いました。』
曲はIで12音技法のセリー(音列)として提示され
た音楽要素が変容し展開されるという構成をもつ。12音のセリー
は、短2度上昇-完全5度上昇からなる3つの音
を1グループとして、それを一定の間隔で4つ繰り返したも
のである。典型的な12音技法ではセリー中の同音程の繰り返しを
避けることが定石であるが、本作ではあえてその制約を破る事で、
12音技法の無機質な響きを抑えると共に部分動機として曲全体を統一す
る要素として用いている。
Iは上述のように12音技法により、ピアノによるセリーの和音
としての提示の第1の部分、ピアノの16分音符によるセ
リー上の動きとマンドリン属の打楽器的表現による第2の部分、
再びピアノの和音が他の楽器の肉付けと共に再現される第3の部
分からなる。ピアノの高音や打楽器的奏法が氷がきらきらと輝く様を表
現しているかのようである。-89.2℃にちなんで4分音符
=89のテンポで演奏される。
IIはIのセリーをそのままなぞる主題を用い、主題とそ
の展開からなる。
IIIは無窮動なピアノの伴奏と順次下降するバス音上に、セ
リーのグループを動機として自由な展開がされ、最後は静かになって、
曲頭と同じ和音で曲を閉じる。
(指揮者補記)
IIIオーロラについては各パートが、オーロラそのものや、凍
てついた空間に舞う氷煙、それらを見上げる人々に分かれ、その壮大な
風景を叙している事が作者から語られた。この曲を委嘱した時に筆者は
「ピアノとハープとマンドリンオーケストラの為の作品」とお願いをし
たが、おおよそ二年間に及ぶ作者のイメージ作りの過程では、まずピア
ノという楽器の持つ硬質でクリアーな響きを「最も冷たいモノ」として
作品の中で位置づけ、その過程でややロマンティックに過ぎるハープの
響きは除き、またコンチェルトなどの形式的な作品では表現出来ない
「無機質の美」の追求で本作品が形作られた。作者の作品の中でも新し
い試みとして奏者一同も初演を一緒に楽しみたい。
著名な音楽家の芥川也寸志氏が著書「音楽の基礎(岩波新書)」の中
でこんな一節を残しているので、かい摘んで引用してみたい。
「(前略)静寂は、人の心に安らぎを与え、美しさを感じさせる。音
楽はまず、このような静寂を美しいと認める事から出発すると考えよ
う。(中略)音楽は静寂の美に対立し、それへの対決から生まれるので
あって、音楽の創造とは静寂の美に対して、音を素材として新たな美を
目指すことの中にある(後略)」
まこと、本曲が企図するところをあまねく表現した名句だと思う。
参考文献:
Music for Mandolin(丸本大悟氏のウェブサイト)
ARTE MANDOLINISTICA大阪公演2008「3人の作曲家達
II」パンフレット
「音楽の基礎」(芥川也寸志著)
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