GoHome Concordia

>>prev >>return >>next

海光る風〜マンドリンオーケストラの為の〜

(1989)
小林 由直 作曲
Yoshinao Kobayashi (1961.8.6 Yokkaichi -)

 作者は1961年三重県四日市に生まれ、4才よりピアノを習いはじめ、四日市高校在学中より作曲を始め田中照通氏に師事した。山口大学医学部を経て、現在内科医として三重県内に勤務。医学博士。山口大学医学部時代にマンドリンクラブに入部、当時より指揮に作品発表にと活躍してきた、現在斯界で最も多くの秀作を世に問うている作曲家である。年代的にも私たちと同時代の作曲家として、常にその作品は刺激的であり、かつマンドリンオーケストラの新たな可能性の扉を次々に開きながら斯界のリーダーとして活躍している。1999年より2002年までギターマンドリン合奏団"meets"音楽監督を勤め、現在は各地の団体の指導及びマンドリンの世界にとどまらない幅広い分野で作曲に活躍している。斯界においては1985年には、「北の地平線」で日本マンドリン連盟主催の第4回日本マンドリン合奏曲作曲コンクールにおいて第2位を受賞した。当クラブでは1992年の「マンドリン協奏曲」、1995年の「音層空間」と2度に渡って作品を委嘱し、初演している。近年は吉水氏、加賀城氏とのコラボレーションで企画されたCONCERT1961や、マンドリン本来の機能を最大限に活かし、日本的な楽曲や西洋の伝統に沿った制作に取り組み、特に独奏作品を中心にドイツTrekel社より作品が相次いで出版されている。

 本曲は1989年広島修道大学マンドリン部にて委嘱初演された。本曲の「海」とは古式捕鯨発祥の地として知られる和歌山県太地町に面した「熊野灘」であり、その先に位置するのは潮岬である。民謡風のテーマと激しい楽想のせめぎあいが『風景としてそこに存在する日本の海』と『そこに生きる人々のドラマ』を描き出している。本曲を語る時にしばしば話題となるのは、本曲よりも先に書かれながら諸事情で、当時“音”としてまだ存在していなかった「斎宮の記憶」の存在である。かつてネット上では風待鳥氏がこの2作品の類似性と対象性について印象的な記述をしておられた。そこでは「時空を超えた過去への憧憬である“斎宮”と、今そこにあって今日から明日に向かって存在する情景としての“海”」という背景的な事もさる事ながら、「新しい手法を用いて過去の史実を描く“斎宮”と、古典的な手法を用いて現代の情景を描く“海”」という興味深い結びつきが考察されていた。今では「斎宮の記憶」は多くの楽団によって演奏されるようになりCDなどで入手する事も容易だろう。むしろ本曲がその巨大な編成ゆえ演奏の機会が少ないという事実にも不思議な感慨を禁じ得ない。ぜひこの2作品は両方を聞いていただき初期から中期にかけて結実した小林ワールドを味わっていただきたい。

 曲は序奏をもつ三部形式による。主題は序奏冒頭のギター独奏によって提示される。Senza Tempoで奏されるこの主題は前打音が特徴的で、日本民謡などに使われる陽音階の旋律線をもつ。この「東洋的なこぶし」は、徐々に明確な音として存在を主張するようになりながら楽曲を通じて奏され、作品の性格を形作っていく事になる。前述の“斎宮”ではこの音系が、徐々に雅楽でいう“うたい”のように主題の中に不響的に同化していく美しさを持つのと対照的に、本曲では前打音から形づくられるモチーフが徐々に拡大され、終結部では雄大なGrandiosoに結ばれる様は我々日本人の心に得難いポジティヴな感情を呼び興こすだろう。

 主題としては前打音を保った原形の他、民謡風の輪郭を残した形(主題Aと呼ぶ)、長2度上昇と短3度下降という部分動機を用いたやや自由な変形(主題B)の形で現れる。

 ギター独奏に始まった序奏は徐々に響きを増やし、途中に主題Bの断片を挟みつつ序奏のエピソードに入る。やわらかく流れるようにと記されたこのエピソードはギターのオスティナート上のカノンに始まり(その間主題の断片が聴かれる)、海の雄大さを語るように徐々に情熱的になる。再び主題が奏された後、ギターによって主部中間部の動機が提示され序奏が終わる。

 主部は変拍子のVivoで始まり、やがて主題Aが現れる。初め7/8、後に3/4となるこの主題は勇猛な様子を示しており、マンドロンチェロに現れる中間部の動機がさらに力強さを添えている。そのままMeno mossoの主題Bに流れ込む。中間部はVivaceで、既にギターとマンドロンチェロに現れた動機を元に現代的な音使いをもって激しく荒れ狂う。Friosoの部分を挟んで再現された後、主題Bによって落ち着きを取り戻す。再現部はコントラバスに始まる長い導入を経て主題Aに至る。この再現部では中間部の動機によるフガートを含みつつ、再び主題Bを繰り返し、最後はGrandiosoで曲を終える。

 ここに表現されている海の風景は青い海ではない。断崖絶壁から波が強く打ち合う、深く黒い海。穏やかな凪から一変した激しい表情を見せる日本の海と、鯨漁に文字通り生命をかける海の漢たちの生きざま。それは海そのものを描くと同時に大自然を畏れながら、大自然の間近で精一杯暮らす人々を讃えている音楽であるとも言えるだろう。

参考文献:
 広島修道大学マンドリン部第25回記念定期演奏会パンフレット

第37回定期演奏会より/解説:kiyota/Yon