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マンドリンオーケストラの為のシンフォニエッタNo.4「ラビュリントス」

"Rabyrinthos" Suite (1975)
大栗 裕
Hiroshi Ohguri (1918.7.9 Osaka〜1982.4.18 Osaka)

 作者は生涯を関西を中心とした日本音楽界の為に捧げた日本のクラシック音楽史上の大功労者。朝比奈隆に師事し、1941年旧東京交響楽団にホルン奏者として入団したのを皮切りに、多くの楽団に在籍、大阪音大講師に就任した。「浪速のバルトーク」の異名を誇り、日本人の土俗的かつ原始的な感情に根ざした作風でオペラ、管弦楽曲、吹奏楽曲等、多くの分野で作品を残した。1958年に大阪府芸術賞、1991年に日本吹奏楽アカデミー賞を受賞。没後30年に当たる昨年には記念演奏会などが多数催された。マンドリンオーケストラのためにはシンフォニエッタを始めとした純器楽のほか音楽物語、ミュージカルファンタジー等を多数残しており、その総数は約40曲にも及んで作者の作品の中でも多くの割合を占めている。
 コンコルディアでは大栗のマンドリンオーケストラのためのシンフォニエッタを全曲演奏に向けて定期演奏会にて継続的にとりあげており、今回はその3回目に当たる。大栗のシンフォニエッタは7曲(及び編成違いのサブナンバー1曲)が作曲されており、ソナタ形式等を用いた3楽章の形式を雛形としながら作曲者の音楽性が表現されている。今回取り上げるシンフォニエッタ第4番「ラビュリントス」は、1975年に関西学院大学マンドリンクラブ第50回定期演奏会にて初演された。スコアにはアルファベット表記による題名として"Rabyrinthos" Suite と書かれており、作曲着手当初はシンフォニエッタのナンバーとして企画されなかった可能性もある。
 標題のラビュリントスとはギリシャ神話におけるクレタ島の迷宮であり、本曲はそこで起こったミノタウロスの退治譚を叙事的に描いたものである。3つの楽章は必ずしも時系列によらず、それぞれ、I. Theseus(テセウス) II. Ariadne(アリアドネ) III. Minotauros(ミノタウロス)という神話に登場する3人の名を冠している。神話では、クレタ島のミノス王の妻パシパエは牡牛と交わり牛頭人身の怪物ミノタウロスを生む。ミノス王は乱暴なミノタウロスを名匠ダイダロスの手による迷宮(ラビュリントス)に閉じ込め、戦敗国であるアテナイから少年少女の生贄を送らせてミノタウロスに与えた。一方、多くの悪人を退治したアテナイの王子テセウスは、ミノタウロスをも退治すべく生贄の少年らのうちに交じってクレタ島を訪れる。ミノス王の子でありミノタウロスの異父妹にあたるアリアドネはテセウスを見て恋に落ち、無事に脱出した暁にはアテナイに連れ帰るという約束でテセウスに迷宮脱出のための秘策である糸玉を与える。迷宮に入ったテセウスはミノタウロスを殺して脱出し、アリアドネと共にクレタ島を抜け出す。しかし道中のナクソス島でアリアドネは置き去りにされ、アテナイに帰ったテセウスは王位に就いた後にアリアドネの妹を娶るのであった。
 第1楽章テセウスは他のシンフォニエッタシリーズの作品と同様ソナタ形式に類似した形式であり、2つの主題と展開部、リピートによる主題の忠実な再現からなる。明快なテーマと楽想は英雄に相応しいものである。第2楽章アリアドネはロンド形式で、細やかな和声と音階が繊細なテーマを作り出している。楽章の最後にはテセウスのテーマが現われるが、それは遠ざかるように消え入ってしまう。第3楽章ミノタウロスは複雑なリズムの野趣に溢れたテーマを有する。途中現われたテセウスのテーマと戦うようにあらぶった後、ミノタウロスのテーマは勢いを弱め、最後には勝利に喜ぶようにはっきりとテセウスのテーマが歌われて曲が終わる。全曲を通じて各所に配置されている増和音は、テセウスが神託により携えた品物を表している。
 曲は時系列でなく各人の視点で描かれており、英雄となったテセウス、家族を裏切ってまで愛に生きたが最後には捨てられたアリアドネ、生まれたときから忌み嫌われ怪物として殺されたミノタウロスという三者三様の運命を反映して後の楽章ほど混沌の度合いを深めていく。しかし全く明快さが異なるテセウスのテーマとミノタウロスのテーマは実は短2度下降→短2度上昇というモチーフを共有しており、両者が本質的には異ならないことが示唆されている。生贄を得るミノタウロスと悪人退治の名の下に次々と人を殺していくテセウスは区別できるのか、本曲には善悪という価値観の危うさをも透かして見ることができよう。

参考文献:
 日本の作曲家 - 近現代音楽人名事典(日外アソシエーツ, 2008)
 マンドリンオーケストラコンコルディア第26回定期演奏会パンフレット

第41回記念定期演奏会より/解説:Kiyota