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田園組曲

Suite Campestre (1910)
サルヴァトーレ ファルボ ジャングレコ
Salvatore Falbo Giangreco (1872.5.28 Avola~1927.4.8 Avola)

 「我々は、我々の楽器のための真のレパートリーを持たなくてはならない。」
 イタリアマンドリン音楽界の最大の功労者、アレッサンドロヴィッツァーリのこの言葉に最も賛同し、共感を持った作曲家はおそらくサルヴァトーレファルボジャングレコその人であろう。ファルボはプレクトラムオーケストラのための重要な作品を残すのみならず、その著書である複数の論文の中でマンドリンのためのオリジナル作品の重要性について述べている。
 本曲の書かれた1910年は、イタリアマンドリン音楽における大きな過渡期であったと言える。前記ヴィッツァーリによって1906年に創刊されたIl Plettroはすでに1906年と1908年にそれぞれ作曲コンコルソを主催し、マンドリン音楽のための新たなレパートリーを提供していた。これより前のマンドリンのための作品は、単純な構成と楽想をもつ標題音楽の小品が多くを占めており、深い音楽性をもつものは非常に少なかった。この傾向は1906年の第1回作曲コンコルソにおいても同様であり、募集部門は小品向けのものであり、受賞曲も大半は小品であった。1908年の第2回作曲コンコルソでは現在なお良く知られたアマデイの「海の組曲」やマネンテの「メリアの平原にて」などの大曲が受賞曲に並ぶようになる。
 このような変遷はマンドリンがそれまでの局所的な民族音楽の領域から、普遍的な音楽性を獲得するにいたる過程であったと言える。特にこの第2回作曲コンコルソの受賞曲は示唆的である。第1位を受賞した海の組曲のような、舞曲調の標題を有する小品を組み合わせることによってひとつの大作を作り出すという発想は従来の小品中心の作風からの自然な延長であると言えるであろう。このような手法を用いれば従来の作品に慣れ親しんだ人々にほとんど違和感なく大作を受け入れさせることが可能であったに違いない。一方で意欲的である単一楽章のメリアの平原にては2位ですらない上位佳作に終わっており、この差はそのまま当時の音楽の受け入れられやすさを反映していると考えられる。
 それでは古典音楽の延長にある曲はマンドリン音楽としては受け入れられないのか? それに対して独自の解答を出したのが、ファルボの作による本曲「田園組曲」である。田園組曲は一瞥してわかるように舞曲調の作品を集めた標題音楽による組曲であり、その意味では従来のマンドリン作品の延長線上に位置すると言える。しかしファルボはこの曲を作曲するに当たって楽式としてのソナタを採用した。プレクトラムオーケストラのためにソナタを書くという概念は当時すでにあり、良く知られたマネンテの「マンドリン芸術」やボッタキアリの交響曲「ジェノヴァ市へ捧ぐ」などが存在していた。これらの音楽はたしかに古典の延長線上にあって一流の音楽性を備えているが、その一方で従来のマンドリン曲とはかけ離れていた。田園組曲はこのようにともすれば乖離しつつあった「古典の延長の音楽」と「民族音楽の延長の音楽」という2つの要素をひとつに纏め上げた点が歴史上特筆に価する。これは当時すでに先人が築きつつあったマンドリン音楽へのエネルギーをそのまま深い音楽性をもったレパートリーへと向けさせるために非常に重要な役割を果たしたと言える。このような曲はマンドリン音楽を真摯に考えていたファルボでなければ書けなかったであろう。本曲の登場以降、プレクトラムオーケストラのための深い音楽性をもった曲が次々と登場し受け入れられていったが、その土壌を作るために本曲が果たした役割は非常に大きいと考えられる。
 作者はシチリア島のアヴォラに生まれ、同地に没したイタリアの作曲家。Falboが姓であり、Giangrecoは母方の姓を名乗ったものである。パレルモのコンセルヴァトーリオにおいてCasi とStronconeにピアノを、Favaraに対位法とフーガを、Zuelliに作曲法を学んだ。1896年にピアノと作曲法のディプロマを得て、シチリア島のニコーズィアの吹奏楽団の指揮者となり、その後アヴォラの吹奏楽団に指揮者として迎えられた。マンドリン合奏のためには本曲の他、1911年のIl Plettroの第4回コンコルソで第1位を受賞したOuverture in Re minore(序曲ニ短調)、1921年の第5回コンコルソで第1位を受賞したSpagna “Suite”(「組曲」スペイン)、同じく第1位を受賞したQuartetto a Plettro(プレクトラム四重奏曲)などがある。作品数は多くないが、いずれもマンドリンのための重要なレパートリーとして受け入れられている。
 本曲は作者のOrchestra a Plettroのための作品としては最初のもの(マンドリンのための小編成の作品はこれ以前にあった)で、1910年のIl Plettroの第3回のコンコルソに応募された。このとき、規定の第1位に相当する作品は無いとされたが、本曲およびU. BottacchiariのIl Voto(誓い)、L.M-VogtのOmaggio al Passato(過去への尊敬)の3曲が特別推選作品として金牌を受賞した。本曲ははじめ手写譜にて頒布されたが、改訂を経て1925年に改めて浄書譜として出版されている。本曲には”Suite Campestre”(田園組曲)の他に”Scene Campestri, Suite”(組曲 田園写景)という題名も知られている。楽譜には手写譜版も浄書版も”Suite Campestre”と記載されているが、”Scene Campestri”と記載されている表紙が存在するとのことである。
 浄書版における改訂の多くは、オーケストレーションに関するものである。浄書版ではマンドラやギターに "in sostituzione del Mandoloncello" (マンドロンチェロの代用)という記述が多く見られるとともに、マンドローネにしか割り当てられていない音が無くなっている(結果として、ギターが最低弦D調弦になっている)。これは出版当時の実用的な合奏編成に合わせたものであると考えられる。当時のマンドリン合奏曲は大部分がマンドリン2部、マンドラテノール、ギターの4部合奏に書かれており、低音部が充実した合奏団は多くなかったことが推察される。マンドロンチェロやマンドローネといった低音楽器が使用できない合奏団でも一応の演奏が可能なようにするという要求が浄書版の出版にあたって存在したのかもしれない。ただし、オーケストレーションの変更は低音部だけではなく、マンドリンの扱いも含めて変えられており、強奏部でのパートの追加やサウンドを華やかにするオクターブの追加が見られる。また、オーケストレーションに関しない改訂として、一部の旋律線の変更やリハーモナイズ、第2楽章の最終小節の削除などがある。このように浄書版における改訂箇所には、当時の合奏編成に合わせたと推察される変更とそれ以外の変更の両方が含まれている。本日は、低音部が充実した現代の編成でよりファルボらしさを感じられる楽譜として改訂前の手写譜版の楽譜を用いて演奏する。素朴ではあるが瑞々しさを感じされるサウンドは、聴覚上でも新鮮な感覚を与えてくれると期待している。
 本曲はI. Danza a Vespro (夕べの踊り) 、II. Serenatella (小セレナータ)、III. Alba di Festa (祭りの朝)の3楽章からなる。
 第1楽章の標題にあるVesproは時刻としての夕べだけでなく、宗教的な「夕べの祈り」と結びついた単語である。浄書版の出版譜では”DANZE A VESPRO”と踊りを意味するDanzaが複数形で書かれており、曲自体が舞曲であるというよりは踊りの風景を描写した音楽であるということが示唆されている。第2楽章のserenatellaは夜に窓辺で演奏する音楽であるserenata(セレナーデのイタリア語)に縮小辞の-ellaがついたもの。第3楽章のalba di festaは祭りの夜明けの意味である。すなわち、本曲は祭日の前日の夕べから夜、夜明けまでの一連の風景を描いたものであり、3楽章の構成に時間の流れが意識されている。
 3つの楽章はそれぞれソナタ形式、三部形式、ロンド形式からなり、古典のソナタを意識した楽式を取っているが、いずれも急速な楽章であることは特徴的である。
I. Danza a Vespro, Allegro con brio 3/4, ト長調, ソナタ形式
 第1主題は2小節からなる単一の動機をもとに作られている。ト長調に開始し、主題の確保もなされるが内部の転調は現れるごとに変化する。平行和声進行が特徴的な経過句を経て、第2主題がハ長調-ホ長調で提示される。展開部の前半では第1主題のリズム上に第2主題が奏され、後半は第1主題の展開を中心に空虚5度の野趣に満ちた楽想を取る。再現部では、第1主題が属音保続音を伴った主調で再現される。第2主題は提示部における経過句の平行和声に乗せる形でハ長調-ト長調で再現される。
II. Serenatella, Allegro 3/4, ハ長調, 三部形式
 繰り返しのある三部形式による。リート形式による中間楽章であるが、テンポは快速である。中間部におけるフェルマータや楽章最後の終結部など、外形的に改訂前後の違いが最も大きい楽章。なお、手写譜版では繰り返しは省略してもよいと記述があるが、本日は省略せずに演奏する。
III. Alba di Festa, Vivace 4/4, ト長調-ハ長調, ロンド形式
 小ロンド形式による。ロンドの主題はそれ自体がト長調からハ長調の流れを有しており、これは本曲全体の調の流れと同一である(曲内部で属調-主調の流れを持たせて曲の開始と終結の調を異なるものとする構成はファルボがよく用いた手法である)。コラールのような第1エピソード、マンドリンソロが特徴的な第2エピソードと主題の小展開部を織り交ぜて、最後はハ長調で曲を閉じる。

参考文献:
 同志社大学マンドリンクラブ第132回定期演奏会パンフレット付録資料
 「アレッサンドロ・ヴィッツアーリとイル・プレットロ誌の作曲コンクールについて
 岡村光玉氏によるサルヴァトーレ ファルボとマンドリン音楽(中原誠 発行)
 http://www.ne.jp/asahi/mandolin/falbo/

第42回記念定期演奏会より/解説:Kiyota