2つのエレジー
「十余日の命を生きて路子が逝ってから二年が過ぎた。生きる事の意味さえ知らなかった彼女に死の静謐が訪れた時、苦しみに耐えるべく握りしめていた保育器の手すりから、その指を一本ずつ離していったという。死ぬまで苦しみしか知らなかった子供の思えば悲しい最後であった。」
本曲は幼くして先天性心臓疾患で逝去した作曲者の姪、路子との永訣の時を綴った作品であり、それぞれ「その1」、「その2 〜adieu,MichiKo」と題された2つのエレジーからなる。ロンド形式とソナタ形式の2つの楽章からなるという点では作者の前作「マンドリン合奏の為の二章」と類似しているが、本曲においては2つの楽章の関連性や作者の特徴であるロマンティックな転調がより深化し、無二の世界を作り出している。
その1はイ短調で、大ロンド形式により、むせび泣くような主題とそれに付随した第1エピソード、長調の第2エピソードからなる。第2エピソードはやや明るくニ長調で現れるが、再び悲しみの中に没入してしまう。
その2はニ短調で、やや動きのある第1主題と穏やかな第2主題(路子のテーマ)からなる。ソナタ形式ではあるが展開部では第1主題と第2主題がはっきりと分かれており、このために2つの主題が交互に繰り返される形式と知覚される。第1主題は激しい運命を表すように頻繁な転調をもつ一方、第2主題は(借用和音は多いものの)調的には安定である。第2主題はハ長調で提示された後、展開部ではト長調で現れ、再現部では同主調のニ長調に達する。曲の最後は変終止で終わる。
運命に翻弄される路子のテーマがソナタ形式の終着点である同主調に達することは、一つの救いを表している。そこにあるのは安らかな昇天であり、死の静謐である。しかしその2の第2主題は、覆い隠されてはいるものの、その1の第2エピソードと同一のものである。すなわち最終的な到達点であるニ長調は、主題が初めに現れるときには既に運命づけられていたのである。
これは全ての人間にとって示唆的である。安らぎをもたらす昇天は、あらかじめ決められた死の運命と同一であること。やがて死ぬべき運命を背負ったmortalの、それは悲しい帰結である。
作者は1952年北海道に生まれ、宮城教育大音楽専攻を卒業。在学中は同大マンドリン部指揮者として活躍した。作曲を福井文彦、佐藤真、ピアノを大泉勉、フルートを小出信也の各氏に師事。1977年には日本マンドリン連盟主催の第2回作曲コンクールにおいて「マンドリン合奏の為の二章」が1、2位なしの第3位に入賞。1979年の第3回作曲コンクールでは本曲が佳作に入っている。 近作には、昨年の第26回宮城教育大学マンドリン部OB演奏会にて発表された「Fantasic Prelude」などがある。
参考文献:
マンドリンオーケストラコンコルディア第24回定期演奏会パンフレット
やなぎだ音楽工房 http://www4.hp-ez.com/hp/ongaku-kobo/