抒情歌劇「影」大幻想曲
"L'Ombra" Grand Fantasia sull' Opera Lilica in un atto(1899)
ウーゴ・ボッタキアリ 作曲/松本 譲 編曲
Ugo Bottacchiari(1879.3.1Castelraimondo〜44.3.17 Como〜)

 作曲者はマチェラータのカステルレイモンドに生まれ、同地の工業高校で数学と測地法を学んだが馴染まず、幼少より好んでいた音楽に傾倒していった。そしてピエトロ・マスカーニ(歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」で著名)の指導下にあるペザロのロッシーニ音学院に入学し、厳格な教育を受けた。師マスカーニからは直々に和声とフーガを学んだという。1899年にはまだ学生であったが、本歌劇「影」を作曲し、マチェラータのラウロ・ロッシ劇場で上演、成功を収めオペラ作曲家としてのスタートを切った。卒業後はルッカの吹奏楽団の指揮者や、バチーニ音学院で教鞭をとるなどしつつ、管弦楽曲、歌劇、室内楽曲、声楽曲、マンドリン合奏曲など数多くの傑作を表し、諸所の作曲コンコルソで入賞した。殊に「ジェノヴァ市に捧げる四楽章の交響曲」は金碑を受賞した。(この曲はその存在が早くから知られていたが、石村隆行氏の努力によって本邦にもたらされた事は記憶に新しい。)
 斯界へは多くの秀作を残しており、斯界の至宝「交響的前奏曲」、ロマン的幻想曲「Il Vote」、詩的セレナータ「夢!うつつ!」をはじめ、多くの合奏曲、独奏曲を残した。また渡伊中の石村隆行氏により埋もれていた歌劇の一部分(「セヴェロ・トレッリ」、「愛の悪戯」、「ウラガーノ」等1920~30年代の作品が多い)が編曲され、本国でさえ日の目を見ないにもかかわらず、熱心な本邦のファンの心をとらえている。そしてボロニアで発行されていた斯界誌「IlConcerto」の主宰者にもなり、1925年にはA.Capellettiのあとを継いで、コモのチルコロ・マンドリニスティカ・フローラの指揮者に就任し、プレクトラム音楽の華やかなりし時代の先導者であった。
 本曲は前述の彼の出世作である1幕ものの抒情歌劇『影』の題材を作者自らが自由に編んだ幻想曲で、ピアノスコアの形で残された原曲を松本譲氏がボッタキアリ自身の筆致を研究し、マンドリンオーケストラに編曲したもので初稿は1987年に初演されている。本日演奏に使用するのは1993年に全面的に改作を施したスコアで初稿とはかなりオーケストレーションが異なっている。
 表題となっている『影』とは歌劇の主人公の亡くなった恋人の『霊』を表しており、ボッタキアリらしい着想といえよう。台本はコジモ・ジョルジュク=コントリの田園詩を基に作曲者自らが歌劇用に編んだもので、ドイツ・バイエルン地方の民間伝承による悲恋の物語である。
 作品は作者ならではの重厚なロマンティシズムに溢れた夢幻的な空気を終始たたえており、当時の徴収の熱狂もいかばかりかと思われる。随所に低音部から高音部へのライトモチーフのかけわたしが聞かれるのは最も作者の特徴であり印象的である。歌劇の中の時間的経過と幻想曲中の楽句の順序は必ずしも合致していないが、中盤以降、鐘の音が響き夜明けが訪れた事を印象づけるあたりの展開は本曲の聞きどころと言えよう。そして天使達の歌が流れるに及んでいよいよその高まりは歌劇のそれとは趣を異にしていると言え、なお余りあるほど感動的である。そして曲は歌劇が無限の彼方に消えていくように集結するのとは対照的に、壮大な音の伽藍を築きながら終わりを告げる。

 以下94年にイタリアはミラノのFoyer社から発売されたボッタキアリ100年祭での演奏と推測される歌劇『影』全曲(全曲で約60分であるから実にこの幻想曲はその1/3もの長さに及ぶ異例の長大さである)のライヴCDの解説と同志社大学の解説を基に引用してみよう。

・・・・・バイエルン地方の伝説は語る。
   異国の地に埋葬された死者達の中で、
    故郷に思い出を残してきた人がいるならば、
     何かやりのこして来た人がいるならば、
      密やかな愛を故郷に残して来た人がいるならば
       失った希望を故郷に残して来た人がいるならば
    彼らはクリスマスの晩の間だけ、星に導かれ彼らの国に帰ることが
    出来るのです。
    でも夜にたどり着いても、朝一番の光が夜明けとともに訪れて、
    鳥が囀りはじめたなら、祖国を後に同じ星に導かれ、彼らの
    葬られたところへ帰らなければならないのです。
    遠く離れた、果てし無い永遠の忘却の彼方へと・・・・・・・・

【あらすじ】
月が長い影を引いて古都ニュールンベルグの街を照らしている。1798年の聖夜の事である。舞台は学者の書斎。学者ヴォルファンゴは机に戻って本を読みつづけようとしている。しかしある懐かく、甘く、悲しい過去の思い出が彼の脳裏を駆けめぐり彼を痛切に苦しめるのであった。

彼は愛した少女マルガリータを思い出していた。幼い頃から共に育ち、いつの日からか愛するようになったのだが彼は決してその愛を告白する事は無かった。なぜなら愛の告白(それは勇気のいる事であったが)によって彼女女の心をかき乱す事を望まなかったからであり、彼女も当然そのをしるよしも無かった。

しかしマルガリータもまた彼を愛しており、甘い囁きを待っていたのである。そして彼女は彼の愛の言葉を空しく待つうちに、徐々にその身をすり減らしていき、またすべての希望も失い、その苛酷な試練にうちひしがれ、遂に死に導かれてイタリア(そこは彼女が悲しく苦悩の慰めを求めだ場所でもあった)に埋葬されてしまったのだ。

ヴォルファンゴはその夜、色あせた希望を思い起こし、人生について、罪について、人間の存在意義について、瞑想しながら、自問自答を繰り返していた。「葛藤の報酬は何だ?」すると外から替えが聞こえてきた。「それは愛です。」と。その時戸を叩く音が聞こえた。ヴォルファンゴは扉に立ち、そこに濃いヴェールに包まれた一人の婦人の姿を見る。それはマルガリータの亡霊である。バイエルン地方の伝説の通り、彼女はクリスマスの夜、故郷に帰ってきたのである。彼女は「ヴォルファンゴは本当に彼女を愛していたのか?」、「まだ忘れずにいてくれるだろうか?」という事を知るために、そして彼女自身もその告げられなかった愛を告白する為に帰ってきたのだ。しかし彼女もヴォルファンゴが既に忘却の彼方へ消えていってしまった記憶を呼び戻して苦悩するのでは、という事を恐れている。

『影(マルガリータの事)』はその正体を隠したまま、ヴォルファンゴに彼の愛、そして彼とマルガリータの遠い愛の物語について語りはじめる。そしてヴォルファンゴは今も告白しえなかった愛についての後悔を切々と『影』に語りかける。「私はマルガリータを見るとき、いつも包まれるような愛を感じていた。私は愛を語るべきだったのだ。マルガリータよ。」

その告白を聞いた『影』は動揺しながらも、悩み苦しんだ懐かしい日々を回想している。ヴォルファンゴは続けて、真っ白なライラックの花や、すみれの花が咲き誇っていた小さな庭の思い出を歌う。すると『影』は「小さなバーベナの花も・・・」と付け加える。驚いたヴォルファンゴが「何故貴女がその事を知っているのですか?」と問いつつ、『影』の正体を誰であるのかを問い詰める。『影』は〜思い出に責めたてられ、またその正体を悟られつつも〜谷間に費の陰が満ちた時マルガリータがよく歌っていたあの物悲しい歌を歌いはじめる。もはやヴォルファンゴは全てを理解しながらも尋ねる。「貴女は一体誰なのですか?帰ってきた死者なのですか?」

『影』は質問には答えずに歌いつづける。ヴォルファンゴも加わりその歌は愛の二重唱へと高まる。『愛!それは美しい響き!そして永遠のものよ!」

夜明けが訪れる。鳥たちの囀りが聞こえはじめる。死者は星に導かれ帰って行かねばならない。『影』にも別れの時が訪れたのだ。そして『影』はついにヴォルファンゴに告げる。「私は貴方を愛していた女の霊です!」そしてヴェールを挙げて彼の額に接吻した。この告白にヴォルファンゴは動揺しながら、なお彼女を引き留めようとするが、『影』は再び忘却の彼方へと去っていく。ヴォルファンゴはうなだれたように書斎の机に臥せってしまう。

するとその時朝の太陽の光のように輝きながら天使たちに囲まれてマルガリータが輝くような衣に包まれて現れる。天使達は歌う。「貴方の最も大切な運命の時を虚しくさせてしまうような事をしてはいけませんよ」。そして合唱は天空の彼方に吸い込まれるように消えていきマルガリータもまた儚く消えていく。ヴォルファンゴの名を呼びながら・・・・。

第24回定期演奏会より/解説:Yon


>>Home >>Prev >>Return >>Next