小交響詩「マンドリンの群れ」
"I Mandolini a congresso!" pezzo sinfonico(1902)
カルロ・アルベルト・ブラッコ
Carlo Alberto Bracco(1860. .〜1905.1.22Genova)

 作者は1860年北部イタリアに生まれ、1905年逝いたイタリアのマンドリニスト、ヴァイオリニスト、指揮者、作曲家。彼はオルビエト市の管弦楽団、ジェノヴァのマンドリンギター合奏団の指揮者で又チェルトーサのフィルハーモニックソサィエティやジェノヴァの歌劇合唱隊の指揮者ともなった。
 作者の詳細の経歴については殆んど知られていない。本名も従来はC.Adolfo Braccoと記される事が多かった(没年のIl Mandolino誌の表記による)が、その後イタリアのマンドリン教授U.オルランディ教授よりブラッコのフルネームがCarlo Alberto Braccoであるという情報が寄せられた為、本日の表記はそれにならったものとする。
 マンドリンに関する作品で出版されたものは約20曲あるが、作品番号で判明しているものは98番まであり、無番号、未出版曲が相当あることが解る。作品はほとんどが小編成のアンサンブルやデュエット曲と思われ、本曲が最も編成の大きなものと思われる。他には『闘牛士』や作曲家ワルトトイフェルに捧げた『ワルツ組曲』などが知られるが、いずれも低音楽器を補足して合奏形式で演奏される事が多い。
 彼が Genova のマンドリンギターの合奏団 Club Musical Genovese の指揮をしていた時、このクラブのメンバーに捧げたのが「マンドリンの群れ」である。本曲は二部のマンドリン・マンドラ・リュート・ギターの五部よりなり、1902年 Torino におけるマンドリンギター雑誌 Il Mandolino の第6回作品コンクールにおいて金牌を獲得したものである。この曲が出版されたのは同年6月 Il Mandolino 誌によってであるが間もなく一般にその存在を認められ、直ちに欧州各国のマンドリンオーケストラによって演奏されることになったが、その当時としてはまったく独創的なものであった。旋律のすぐれている事、テンポの変化に富んでいる事、楽器のコンビネーションの巧妙なることは確かに当時の斯界に一大旋風を投げたものに違いなかったであろう。また1909年フランスの Boulgone において催された国際競演会では最もすぐれた作品として推薦されたことによって、一層価値を再認識された。斯界においては社会人から広く学生団体にいたるまでディレッタントの入門曲として広く演奏されている。

第30回定期演奏会より/解説:Yon


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