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マンドリンオーケストラの為のバラードIII「冬から春へのアリア」
(1980→2004改訂版初演)
熊谷 賢一
Kenichi Kumagai(1934.Yokohama〜)

 作者は1934年に横浜に生まれ、愛知学芸大学卒業後、間宮芳生、助川敏弥の両氏に師事、NHKの委嘱による作曲、指揮活動を開始した。その後、川島博、中川弘一郎の両氏と「三音会」を結成し、各種音楽団体の委嘱による作曲活動をはじめとしてドラマ、映画、舞踊、室内楽、合唱、と幅広い活躍を続けてきた。斯界には1971年、東海学生マンドリン連盟の合同演奏会で初演された「群炎I」で衝撃的なデビュー後、実験的な音楽から平易なアンサンブル用の作品まで多くの作品を残している。
 
作者の作品は、学生団体の不作法や著作権処理の不備などを理由に斯界との絶縁を宣言し、しばらくの間演奏凍結がなされていたが、2000年、氏の作品を初演するなど縁の深いプロムジカマンドリンアンサンブル(広島)の尽力により、条件付きで演奏が再度可能となっている。こうした演奏凍結の間に斯界では多くの邦人作品が、特に学生の間ではレパートリの中心となっていった為、斯界の素晴らしい財産とも言える氏の作品の数々を聴いた事がないという愛好家も多いだろう。残念な事である。氏の作品の多くは日本におけるマンドリン合奏の歴史を考える意味でも後世に残るべき音楽的資産と言えよう。我々はこうした作品を次の世代に「音」として伝えていくべき伝道者であり継承者である。
 
主なマンドリン合奏作品にはボカリーズI〜X、群炎I〜VI、ラプソディーI〜VI、バラードI〜VI、プレリュードI、等がある。また合唱曲の分野では特に多くの作品があり、雑誌「教育音楽」において73年より継続して小中高生の為の合唱曲を多数発表した。特に日本作曲家協議会主催の演奏会では「地球の夜明け」「風花」「2つの春の歌」などが初演されている。他にも90年には朝日新聞社・日本合唱連盟主催による第一回朝日作曲賞で「イタリアの女が教えてくれたこと」が第一位を受賞している。その他「やがて雨のあがる朝に向かって」「夜明けに寄せる3つの歌」、歌曲集「北の雪降る街から12ヶ月の歌」、創作オペラ「ゆきおんな」、管弦楽と鳴り物の為の「群炎」、など多くの作品が全国で演奏されている。中でも音楽の友社から出版された児童合唱の為の曲集「すばらしい明日の為に」には氏の最も美しい世界が現れている。(氏の合奏作品の多くには合唱曲などの一つの主題や旋律をいくつかの作品に引用、あるいはそのままあてはめる事で常に「歌謡性」が重視されており、後年は斬新な面が後退し、その傾向はますます顕著になった。)
 
本曲は1980.8.15東海学生マンドリン連盟合同演奏会において中部工業大(現中部大)ブロックがボカリーズ第8番として初演し、その後バラード第3番に改題された。氏の作品の中でもバラードの系譜は最も叙事性と叙情性に富んだ作品群で構成されており、本曲は「冬から春」という題名に「女性の社会的自立」を讃え、応援するものとしての願いが込められているそうである。曲は大きく3つの部分にわかれる。凍てつく冬の大地の光景に始まり、「雪道の歌」と呼ばれる合唱曲の旋律をモチーフにした前半部と、同じく合唱曲である「つばさ」を題材とした中間部、ギターの美しい旋律で開始される終結部である。この二つの合唱作品の対比は「冬の時代にあった女性達が美しく花開き、たくましく自らの手で社会に羽ばたいていく」という理念だけではなく、これから社会へと飛躍する若者への応援歌として見ることも出来るだろう。『静』と『動』ともいえるこの二つのテーマを競わせながら、雄大に結合させた本作品は作者のマンドリン合奏作品の中でもボカリーズ第5番「すばらしい明日の為に」と並んで、作者が抱く『人類の輝く未来を創る青少年の為の音楽』というメッセージ性が最も高く謳われた作品と言えるだろう。ギターに謡われる旋律のえも言われぬ美しさ、そして『つばさ』の主題が終結部で壮大に呼び戻される部分は、マンドリン合奏を知り尽くしたオーケストレーションの妙と相まって圧巻である。
 
今回の私たちの演奏を機会に、特に低声部や打楽器に改訂がなされオーケストレーションに厚みを加えた形で全面的に見直しが図られ、本日が改訂版初演となる。
 
願わくは、私たちの演奏から『すばらしい明日のための』メッセージを皆様それぞれに感じとっていただければ幸いである。

第32回定期演奏会より/解説:Yon


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