第二ギリシャ狂詩曲(ギリシャ風主題に拠れる序楽)
2e Rapsodia Ellenica (Ouverture sul themes Helleniques)(1911)
ニコラ・ラウダス
Nicola Lavdas(1879 Andolos〜1940 Atene)

 N.ラウダスは、1879年、アンドロス島(ギリシャ・キクラディオス諸島)ピトロフォス村生まれ。1940年、アテネで死去。 幼少期、子供達に進んだ教育を受けさせようという父の意向で、一家でピトロフェス村を離れアテネに移住した。
 19世紀後半から20世紀前半にかけて、マンドリン、ギターがギリシャ中で大流行し、ラウダスはその青年時代、彼の叔父の影響を受けマンドリンに興味を抱いたようである。
 アテネ大学で数理学を専攻(物理科学博士号取得)したラウダスは、更にアテネ芸術大学で音楽を学び、 そのかたわらJ.マスネーの教えを受け、作曲家・オーケストラ指揮者として活躍中のディオニシオス、ラブラガスの個人教授を受けた。R.カラーチェが、マンドリン独奏曲の「無窮動」(op.124)を彼に捧げている。
 彼の作品には「クレタ風舞曲」、「エカーヴの嘆き」等のマンドリン曲の他、校歌、児童ミュージカル作品、25のギリシャ民謡和声歌等があり、 また、弟コンスタンティノが音楽学校の副校長を務める「アテナイキ・マンドリナータ」オーケストラ用に様々な作品の編曲も手がけた。 その著書には「マンドリンの奏法」「音楽理論の手引き」がある。

 本曲は1911年のIl Plettro誌主催の第4回作曲コンコルソでS.ファルボの「序曲ニ短調」、A.カペルレッティの「劇的序曲」、C.カンナ「村祭」についで佳作に入賞した作品である。ニ短調の荘重な全楽器のユニゾンで始まるこの曲は、主旋律を反復した後、マンドリンのカデンツァを合図に蠢くような踊りが始まり、やがてそれが次第に昂じて喧騒な舞踊へと至る。その頂点に達す頃、急に酔いが醒めたように力を失い、一時の沈黙を迎えた後主題が再現され、最後に激しい慟哭となって幕を閉じる。

第34回定期演奏会より/解説:ウチダ


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