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マンドリンオーケストラの為のボカリーズIV「風の歌」(1975)

熊谷 賢一
Kenichi Kumagai(1934.2.16 Yokohama〜)

 作者は1934年に横浜に生まれ、愛知学芸大学卒業後、間宮芳生、助川敏弥の両氏に師事、NHKの委嘱による作曲、指揮活動を開始した。その後、川島博、中川弘一郎の両氏と「三音会」を結成し、各種音楽団体の委嘱による作曲活動をはじめとしてドラマ、映画、舞踊、室内楽、合唱、幅広い活躍を続け、また現代音楽集団、土の会、東海音楽舞踊会議など多くの団体に所属し活発な創作活動を展開してきた。作品においては、ロシア民謡などを手本にわかりやすく芸術性の高い音楽が企図されている。合唱曲の分野では特に多くの作品があり、雑誌「教育音楽」において73年より継続して小中高生の為の合唱曲を多数発表した。90年には朝日新聞社・日本合唱連盟主催による第一回朝日作曲賞で「イタリアの女が教えてくれたこと」が第一位を受賞している。
 マンドリン合奏には実験的な音楽から平易なアンサンブル用の作品まで多くの作品を残しており、ボカリーズI〜X、群炎I〜VI、ラプソディーI〜VI、バラードI〜VI、プレリュードI、等がある。作者のマンドリン合奏のための作品は、学生団体の不作法や著作権処理の不備などを理由に1996年から2000年の間演奏凍結がなされていたが、氏の作品を初演するなど縁の深いプロムジカマンドリンアンサンブル(広島)の創立者であった高島信人氏の働きかけや斯界からの熱心な要望もあり、現在では作者との適切な手続きを踏まえて演奏が可能となっている。
 作者のマンドリン合奏曲は、作曲時期によって大きく2つにわけることができる。前期の作品は三部形式などの比較的シンプルな楽式に斬新な音響が表現された器楽的な楽曲である。一方、後期の作品は自作品の合唱曲からの編曲が多く行われ、それを接続曲風につなげた歌謡的な曲として構成されている部分が多い。いずれにおいても音楽性の根幹をなすのは旋律のもつ豊かなうたごころであり、それを多彩なオーケストレーションで彩りながら歌い上げるという点では作風の一貫性が感じられる。
 1975年に発表された本曲は、前期と後期のいずれにも属さずちょうどそれらの分水嶺に位置する作品である。多くの楽想をつなぎ合わせた構成によるが、その楽想は器楽的なものが多い。また最も歌謡性が現れた主題も、それが何度もオーケストレーションとハーモニーを変えながら繰り返される展開はむしろ最初期の群炎Iなどに見られる手法に近い。本曲は前期と後期の作風の変化の間に一瞬だけ存在した絶妙のバランスの上になりたっており、そこには作者のマンドリン合奏曲の魅力の全ての要素を見ることができる。
 また、本曲には標題音楽としての大きい魅力も感じられる。本曲は器楽による歌詞の無い歌(ヴォカリーズ)であると同時に器楽による音楽劇(ミュージカル)であり、楽想が移り変わる構成の中にストーリー性を強く感じさせる。近年のマンドリン曲には「風」を標題とする作品も多いが、それらより以前に書かれた本曲にどのような色の「風」が見られるかお楽しみいただきたい。

参考文献:
 音楽家人名事典 新訂第3版 (日外アソシエーツ, 2001)
 マンドリンオーケストラコンコルディア第32回定期演奏会パンフレット
 邦人作曲家・マンドリンオーケストラ作品リスト
 http://homepage3.nifty.com/chocchi/Composer/composer_frame.html

第41回記念定期演奏会より/解説:Kiyota