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Ouverture Historique No. 7 (2013)

歸山 榮治
Eiji Kaeriyama (1943.5.25 Ono〜)

 作者は1943年福井県大野市に生まれ、62年名古屋大学文学部入部と同時にギターマンドリンクラブに入部、一年後指揮者となった。その後中田直宏氏に作曲を学び、クラブ内外で編曲を含め多くの作品を発表してきた。またチルコロ・マンドリニスティコ・ナゴヤをはじめとして、大学・社会人のマンドリン団体を数多く指導しており、現在日本マンドリン連盟中部支部理事、東海音楽舞踊会議運営委員長をつとめる。作品は多岐に渡り、マンドリン合奏曲以外にも吹奏楽曲、邦楽曲、合唱曲、劇音楽、舞踊音楽など多くの作曲、編曲活動に携わっている。 1981年名古屋市芸術奨励賞授賞。マンドリン合奏以外ではギター合奏に継続的な作品が書き下ろされており、現在十数曲を数えている。
 本曲「Ouverture Historique No. 7」はマンドリンオーケストラコンコルディアより作曲を委嘱し、本日が初演となる。Ouverture Historiqueのシリーズは本曲を含めて7曲を数え、三楽章シリーズとともに作者のライフワークと言える。シリーズ最初のOuverture Historiqueは1970年に作曲され、2度の改作を経て1978年にOuverture Historique No. 2となる。その後1980年にNo. 3、1982年にNo. 4、1990年にNo. 5、2001年にNo. 6が作曲されている。原曲の改作であるNo. 2と「反核、日本の音楽家たち」発足を記念して臨時に挿入されたNo. 4を除けば、おおむね10年ごとに作曲が行われており、その時代ごとの世相と作者の音楽観が反映された曲になっている。Ouverture Historiqueはフランス語であるが、直訳すると歴史的序曲となり、実際にそのような名称で呼ばれることもある。しかしOuverture Historiqueの命名にあたっては、音楽上の序曲という単語だけでなくフランス語の”Ouverture”がもともともつ「切り拓くこと」という意味が意識されている。すなわちこのシリーズは常に歴史を振り返るだけではなく未来へ進む視点をもって描かれてきた。
 本曲は、先だって作曲されたギター合奏曲「五つの情景」といくつかの動機を共有している。「五つの情景」は2012年に作者のギター合奏曲を継続的に委嘱、演奏している愛知大学ギターアンサンブル部の第50回定期演奏会を記念して作曲されており、50年を表す5つの楽章にそれぞれクラブの10年ごとを表した曲である。標題性が高い「五つの情景」の作曲に当たっては先の大震災のイメージが重ねられたという。
 本曲は作者の従来の作品と異なり、調性がはっきりしているとともに変拍子や意図的にわかりにくくするような表現が避けられ、素直に楽想が表現されている。曲は緩-急-緩-急-緩-急-緩の7つの部分からなる。梵鐘の音を模した響きから始まるAndante lentoの序奏の後、Allegro moderatoでト短調の第1の主題が提示され、続くModerato - Andanteでは間奏の後、第2の主題が下属調のハ短調で提示される。その次のAllegro moderatoは展開部であり、2つの主題が展開される。その後、慈しみを込めたようなAndanteのエピソードを挟んで、再びAllegroそしてPiù mossoとさらに主題が展開され、最後に充実した響きによるPlus lentoのコーダで曲が閉じられる。
 最初に提示される第1の主題は非常に前進感があり、まっすぐに未来を志向するものである。しかしながら、転調を経て高らかに歌われたこの主題は突如として断絶される。未来への扉は閉ざされてしまったのだ。引き続く第2の主題では、何か一つのことに固執するように一つの主題が短い周期で何度も繰り返される。この部分の構成についてはOuverture Historique No. 2の中間部との類似性を作者が認めている。しかしNo. 2において中間部の主題はその前に苦しみの上で到達した、言わば「切り拓いた結果として得た現在」であったが、ここではそうではない。それはむしろ安寧な過去への回想であり、そこへ安住しようとすることは現実からの逃避となってしまう。曲は拘泥から抜け出すように次の展開部へ進むが、この部分の前半は第2の主題のために割り振られており、第2の主題は展開の後に感動的に主調であるト短調に到達する。第2主題の主調への到達は、ソナタ形式に見られるように2つのテーゼの合一を示唆する。つまり、過去のものであったはずの第2の主題は、ここでは未来へと向かう力の原動力となっている。そこにあるのは、我々は過去を切り捨てなくても未来へと進むことができるという暖かさである。
 本曲にどのような歴史を重ねるかはこの音楽に触れる全ての人にとって全くの自由である。しかし今ふたたびの激動の世界にあって、本曲が未来へ進む人の力になることを願ってやまない。Ouverture Historiqueは今作においても歴史を切り拓く者のための音楽である。

参考文献:
 帰山栄治普及振興協会編「帰山栄治作品解説集」http://www.bass-world.net/cgi-bin/kaeriyama_works/wiki.cgi

第41回記念定期演奏会より/解説:Kiyota