マンドリンオーケストラの為の「ペガサス」
(1985)
菅野 由弘
Kanno Yoshihiro(1953. . Tokyo〜)

 作者は1953年東京生まれ。80年東京芸術大学大学院作曲科修了。79年「弦楽四重奏曲」がモナコ・プランス・ピエール作曲賞入選。94年龍笛、笙と電子音楽のための「時の鏡・―風の地平」がユネスコ主催、インターナショナル・ミュージック・カウンシル(IMC)推薦作品となる。また、松山バレエ団委嘱のバレエ「新当麻曼荼羅」は、87年東京で初演後、88年英国エジンバラ・フェスティバル参加、91年ニューヨーク、ワシントンにて上演された。近作では、98年、伶楽舎の委嘱で作曲した雅楽「月の位相」が、東京で初演のあとドイツ、スペインなどのヨーロッパ各地で、日本音楽集団の委嘱で作曲した「遊月記」が、東京で初演のあと、アメリカ各地で演奏された。

 主な作品には、松山バレエ団委嘱のバレエ「新当麻曼荼羅」(87)、スイスのチューリヒ・コンピューター音楽祭委嘱の「聲明による・綴れ織り・」(88)、国立劇場委嘱の正倉院の復元楽器のための「法勝寺塔供養」(88)、インターリンク・フェスティバル委嘱の「砂の都市」(91)、ピアノのための「光の残像・-signals to those unknoun」(92)、NHK交響楽団委嘱の「崩壊の神話」ーオーケストラのための(95)、国立劇場委嘱の「西行―光の道」ー雅楽、聲明、古代楽器のための(95)、聲明とパルサー波によるコンピュータ音楽のための「虚空星響」(96)、伶楽舎委嘱の「月の位相」ー雅楽のための(98)、トルリーフ・テデーンと小川典子によってスウェーデンでレコーディングされた「星群II」ーチェロとピアノのための(98)などがある。

 作品は、オーケストラなどの洋楽器、日本の伝統楽器、コンピュータ音楽の3つを主要な柱とし、素材を自由に駆使した作曲活動を展開、とりわけ日本の伝統音楽との関わりから生まれた多数の作品が注目を集めている。レコーディングも多く、フォンテックより3つの作品集が、またデンオン、データム・ポリスターからも発売されている。

 本曲は中央大学マンドリンクラブが大学創立100周年を記念した1985年にOBの飯塚幹夫氏を通じて委嘱、同年の中央大学創学百周年記念演奏会(広島・福岡・大阪・東京)にて初演された、氏唯一のマンドリンオーケストラ作品。撥絃楽器であるところのマンドリンの特性とその集合体であるマンドリンオーケストラの能力と魅力を100%音楽化した希有な作品である。前者の特徴はペガサスが颯爽と星空を駆ける6/8および12/8の2つのアレグロ部分に顕著であろう。殊にペガサスが嘶くように開始される前半のアレグロはマンドリン属の楽器ならではの響きを見事に叙景的に利用している。また撥絃楽器マンドリン属の集合体として、それが単独で奏でられた時と全く別種の響きを持つマンドリンオーケストラの音色を、緩徐部の豊かで美しい旋律で聞かせることに成功している。中間部で歌われるマンドラとマンドロンチェロによる天空に向かって立ちのぼっていく旋律は身震いする程の美しさで、作者の隠れたメロディストとしての一面を表している。近年の氏の電子音楽の無機的な響きやそれらと声明などの融合による旋律のない音像を聞き慣れている我々だが、本来氏は『自然界のあらゆるメッセージを聞き、音楽にしてみたい、そんな夢を見ていた。すべての楽器は、自然界からの賜り物である。』と書いているように、星、宇宙に憧れるロマンティストなのではないだろうか。

 なお本日の演奏にあたっては初演時と同様、低音部をピアノで増強して演奏する。

 
<作曲者記>
 ペガサスはギリシア神話に登場する翼のある天馬である。その翼を広げ飛翔する姿は、正に星の神話に相応しい。そしてそれは、永遠の憧れでもある。
 また、題材をギリシア神話に求めたもう一つの理由は、古き良き時代(という事は現代は新しき悪しき時代か?)へのノスタルジーにある。現在の我々にとっても、星や宇宙はロマンに満ち溢れ、夢をかき立てられる存在である。科学的な解明は更に新たな夢を生む。が、我々の星への想いは、神話を生み出した時代のそれと同じではない。
 私はこれまで『星群』『星の死』『琉璃笙天譜』などの作品を通して、現代の星や宇宙への表現を試みてきた。しかしこの『ペガサス』では、星の神話、古代人が星空をながめて飛翔する天馬の姿を想像した。そんな世界へのノスタルジーを込めて作曲の筆を進めた。昔の夢、それは現在の私にとってもやはり夢である。

第30回定期演奏会より/解説:Yon


>>Home >>Prev >>Return >>Next